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南画入門講座3 基本技法編


 ここでは南画を描くにあたって基本的に身につけたい用筆法と用墨法を勉強します。本来は、ここで説明する用筆法や用墨法を一通り身につけてから作品制作に入るのが理想的ですが、この基本技術を身につけるだけでも大変な時間と努力が必要ですから、実際には、実技を行いながら徐々に身につけていくようにするといいでしょう。

運筆と線(筆使いと線の特徴を覚える)

 南画では線を重視しますが、筆の運び方によって現れる線の表情が違ってきます。その特色を覚えるようにしましょう。

筆の持ち方


 筆は軸の中央よりやや下方またはやや上方の持ちやすい部分を持ちます。親指と人差し指で軸をつまみ、中指を人差し指の下に添えます。さらに薬指を軸の反対側から支えるようにすると筆が安定します。あまり強く握りしめないように、リラックスして指先で軽く持つことが大事です。

直筆と側筆


 水平に置いた紙に対する筆の角度はおもに2種類あります。軸を垂直に立てて線を引く「直筆(ちょくひつ)」と軸を手前にやや傾けて線を引く「側筆(そくひつ)」です。

 直筆は穂先が線の真ん中を通り、力強く重厚な線が引けます。側筆は筆を傾けますから穂の腹側の部分を使います。穂先が中心より外側を通り、鋭く軽やかな線が引けます。南画では、おもにこの二つの運筆を併用します。

筆を持った腕の状態ですが、日本式はいずれも肘を持ち上げて腕全体で線を引くようにしますが、中国式の描き方は肘を机につけて引くようです。

                                   

 肘を持ち上げて軸をまっすぐに立てて線を引く方法を「懸腕直筆」といい、南画では柔らかく重厚な線を引くための基本となっていましたが、現代南画ではさまざまな描き方がありますから、必ずしも「懸腕直筆」だけにこだわらなくていいでしょう。

 また、細かい部分を描くときは腕を机上につけ、もう一方の手の甲を枕にして描きます。これを「枕腕(ちんわん)」といいます。


直筆の線(上)と側筆の線(下) 
直筆の線と側筆の線


蔵鋒と露鋒


 鋒というのは筆の穂先のことです。線を引いたとき、穂先の跡が線の内側におさまっている状態を蔵鋒といいます。穂先の跡が線の外側に出る状態を露鋒といいます。

 蔵鋒の線は柔らかく厚みのある表現になります。露鋒の線は鋭く軽妙な表現になりますが、一方で硬く平板になりやすいという欠点があります。露鋒の場合、軽薄になるのは手首をひねりパッパと筆を飛ばして器用に描こうとするからです。このような書き方では圭角(とげとげしい角)が生じ、硬く下品な絵になってしまいます。南画では蔵鋒を重んじます。たとえ側筆であっても露鋒の欠点である圭角が出ないようにしなければなりません。

 早く器用に描く必要はありません。じっくりと何度も練習して、やわらかく厚みのある線が自然に弾けるように訓練することが必要です。

蔵鋒(上)と露鋒(下)による竹葉
蔵鋒と露鋒

 

線の抑揚と濃淡


 「書」がすべて線でできており、墨線こそ作者の精神性が直接表れる書の生命そのものであるのと同様に、南画においても線は対象物の存在感と作者の精神性を表現する最も大事な絵画構成要素です。

南画の線は単なる物体と物体の外側を区切る輪郭線ではありません。線の抑揚に対象物の生命感、作者の内面性が宿るといっても過言ではありません。ですから、南画では抑揚のある線を最も大切にします。抑揚のない平板な境界線としての線では絵は死んでしまいます。

 また、南画では面も幅の広い線と解釈します。
 このように考えると、南画という絵画はすべて線によって構成されていることがわかります。南画の練習が線の描き方から入るのはこのような理由からです。

 線の抑揚は筆圧の強弱と速度を加減して太い線や細い線の表現を行います。一本の線の中にも抑揚を表現できるよう訓練するようにしましょう。

 とはいっても、線は大変難しく、一朝一夕に習得することは難しいのも事実です。線が引けないと絵が描けないというのではいつまでたっても作品が書けないことになってしまいます。ですから、実際には作品を描いていく中で徐々に会得するようにしていくといいでしょう。
                                 
月僊「蘭図」
月僊 「蘭図」

順筆と逆筆


 筆を上から下へ、左から右へ(右利きの場合)引くのを順筆といい、その反対を逆筆といいます。おもに使うのは順筆ですが、竹の幹などを描くのには逆筆を使います。


用墨法


 運筆とともに水墨の調子を整える方法を学ぶ必要があります。ここでは水墨の扱い方について基本的な技法を身につけましょう。

墨の濃度


 墨の濃淡の表現は、穂の中に一度に濃・中・淡墨を含ませて描く方法と、別途濃度の異なる水墨を作って別々に使う方法があります。実際の作品制作ではこれらの方法を状況に応じて使いわけます。

 南画では大きく分けて淡墨、中墨、濃墨、焦墨(しょうぼく)の4種類の濃度の墨を使います。このうち淡・中・濃墨は磨った墨に水を加えて水墨を作ります。濃度の異なる墨の作り方は以下のようにします。

1)淡墨 少量の墨に対し水の量を多くする
2)中墨 淡墨より墨の量をやや多くし、水の量は少なめにする
3)濃墨 やや多めの墨に少量の水を加える
4)焦墨 水を加えず、磨ったままの墨を用いる

 さらに、淡墨も中墨も濃墨もそれぞれ水の量の加減でさまざまな濃度の水墨ができることは言うまでもありません。

一筆で濃淡の変化を表現する


 墨の濃淡の変化(蘭手本)
蘭手本

 この方法は、線も面も一筆で濃淡の変化が現れるようにします。一筆で濃中淡の水墨を作る方法は「準備編」の「水墨を作る」の項で説明しましたが、墨を絵皿の中で水と混ぜて水墨を作る際に丁寧に行うことです。墨と水をうまく混ぜ合わせた場合は描き進むにしたがい、墨色が濃から淡へ変化していきます。

 また、一度墨をつけて描き始めたら筆の穂の水墨が枯れるまで描き進めることです。まだ穂の中に水墨が残っている途中で筆を止め、墨を継ぎ足すことを繰り返していると濃淡の変化がきれいにできません。


付け立て法と鉤勒法


 幅の広い線(面)を一筆で濃淡をつけて描く描き方を「付け立て(つけたて)」といいます。輪郭線のない没骨法の一種ですが一筆の中に濃淡をつけるのが特色です。穂に淡墨や中墨を含ませたあと、濃墨を穂先につけて描きます。葡萄の葉や朝顔の葉など幅の広い面を描くのに適した描き方です。

 また、対象物の輪郭を細い線で表す描法を「鉤勒(こうろく)法」といいます。1枚の花弁を両側から線で縁取ることから「ふたえがき」ともいいます。

 ともに南画でよく用いる描法です。鉤勒は筆の穂先を使い、付け立てはおもに筆の腹を使って描きます。


    椿の葉と花弁は付け立て、花芯は鉤勒法
椿手本


潤筆と渇筆


 水墨をたっぷり穂に含ませて描くとみずみずしく量感豊かな表現ができます。これを潤筆といいます。また、穂の中の水分を布巾などで拭き取ってから描くと墨線がかすれてカサカサし枯れた感じを表現できます。これを渇筆といいます。老木の幹などがさがさした質感を表現するのに使います。

 また、一筆であってもはじめは穂にたっぷり墨が含まれているので、墨色は潤っていますが、描き進むにしたがい墨が少なくなりかすれてきます。




   潤筆(幹の元)と渇筆(梅の幹の中ほどのかすれた部分)
梅手本


墨の濃淡


 先に説明しましたように、水墨では墨と水の分量の加減によって濃淡を表現します。また、墨は紙に描いた直後の濡れている時と、時間がたって乾いたときとでは濃淡が違って見えます。濡れている時はしっとりとして潤いがある墨色も、乾いてしまうと平板で味気ない墨色になってしまうことが多いのです。一本の線、一つの面の中にも思い通りの濃淡を表現できるように、繰り返し何度も練習することが大切です。それによって濃淡の加減が徐々に身についてきます。

 墨の濃淡は南画では大切な用墨法ですが、そのほかに構図のうえでも大切なことがあります。南画では墨の濃淡によって前後の関係を表します。つまり、墨の濃い部分は手前を表し、淡い部分は奥を表します。たとえば、風景では前景を濃く、遠景になるにしたがい徐々に淡く描いていきます。また、植物の葉などは表側を濃く、裏側は淡く描きます。この表現も覚えておく必要があります。


破墨法と溌墨法


 昔から水墨画の描法にこの二つの方法が語られていますが、人によって解釈は異なるようです。
 ここでは、破墨法は初めに淡墨で輪郭を描き、次に内側に淡墨と中墨で立体感をつけた後、最後に濃墨で淡墨の輪郭を破る描法であり、溌墨法は初めに濃墨で輪郭を描き、次いで内側を淡墨と中墨で立体感をつけて描く方法であるという説を紹介するにとどめます。

 南画は破墨法で描き、北画は溌墨法で描くということも昔は言われました。しかし、現代南画では破墨法よりも、次に紹介する「積墨法」を採用する人が圧倒的に多くなっています。


積墨法


積墨法とはあまり聞きなれない言葉かもしれませんが、実際には多くの現代南画家が採用している画法です。
 まず、木炭で図のアタリをとり、淡墨の線で骨描きをした後、線描の内側を何度も淡墨や中墨を重ねながら濃度を上げていき、仕上げに濃墨の渇筆か焦墨の線で部分的に強調すると同時に立体感を表現していく技法です。

 先に紹介した破墨法を応用した技法ともいえますが、あたかも一筆で描いたかのような淡墨の部分でも実際は何度か重ねて、一筆で描いているように見せている場合が多いのです。
 なぜ何度も重ねるかといいますと、絵に厚みが出て上品に仕上がるからです。

 中国清時代の画家・きょう(龍の下に共)賢がよく用いたことで知られる画法です。濃墨の部分でも、いきなり濃い墨(焦墨)を使うと絵が硬くなり、下品になってしまいます。淡墨から始め、徐々に濃度を上げて水墨を何度も重ねて濃墨を表現していくと、柔らかくふっくらして品の良い絵に仕上げることができます。

 後に述べる四君子など線の練習では一筆で描いて構いませんが、作品制作にあたっては積墨法を用いることをお勧めします。南画は達者な筆使いを誇るのが大切なのではなく、いかに画品の高い絵を描くかが重要なのです。  
清・きょう賢「山水真蹟」冊第6図きょう賢 「山水真蹟」冊

                                                                               

彩色法


 最後に彩色について述べておきましょう。色を施すことを傅彩(ふさい)といいますが、南画の場合はあまり濃い色は使いません。水墨に淡彩が基本です。濃い色にする場合でも原色の極彩色は避けましょう。

 また、色は「塗る」のではなく、あくまでも色の線で描くという姿勢が大切です。そして、色の場合も積墨法と同様に水で薄めた絵具を何度も重ねて、徐々に濃度を上げていくことがよい絵に仕上げる秘訣です。この場合、付け立ての技法を用い色の濃度を上げていくと自然な濃淡を表現できます。


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